【神去なあなあ夜話 / 三浦しをん】不便だからこそ紡がれる本当の絆【あらすじ・感想】

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書評
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目次

あらすじ

三重県の山奥で、林業に取り組む平野勇気、二十歳。神去村の起源、住人の暮らし、もちろん恋にも、ぐいぐい迫ります。お仕事小説の旗手が贈る、林業エンタテインメント小説の傑作。

(「BOOK」データベースより)

印象に残った言葉

神さまって、そういうものなのかもしれないね。遠い空の彼方にいるんじゃなく、俺たちの心のなかにいて、いつも見ている。言葉や行動、嘘や本当を。

 

もし、明日世界が滅亡するとわかっても、親しいひとたちを急に殴りまくるようなことはできない。たぶん俺たちには、信頼と愛がインプットされてるんだ。明日も明後日も百年後も、きっと人々は幸せに暮らすにちがいないと、楽天的な希望がすりこまれていて、そこに向かって毎日を生きようとする力が備わってる。だから、なにかの原因で信頼や愛を見失ってしまったり、自暴自棄になってしまったりしているひとを見ると、胸が痛いような気持ちになる。

なにごともなく百年後がくるなんて、よく考えたらなんの保証もない、バカみたいな希望なんだけどね。

 

感想

前回の記事で書かせて頂いた「神去なあなあ日常」の続編

すっかり神去村での生活、そして林業に慣れてきた主人公、勇気の日常を、

前作と同様、勇気視点から語られます。

前作ほど林業の話は多くなく、どちらかといえば

登場人物のあれこれを描く場面が多かった印象

そこを知ることで、一人一人のキャラクターへの愛着がさらに増し、

作品そのものへの印象を強める相乗効果が出たのではないでしょうか。

特に、勇気と与喜が山で野宿する話が一番好きでした。

普段から居候して一緒に暮らしてはいるものの、

腰を据えて一対一で話す機会というのはなかなかないものです。

内容には触れないでおきますが、2人の良い関係が築かれていく瞬間を見た気がします。

田舎で暮らす“ということは、”不便である“とほぼ同義なのかもしれません

しかし、人と人との繋がりや温かさを感じられるという面においては、

不便であるからこそなのではないかなとも思います。

1作目の「神去なあなあ日常」

2作目の「神去なあなあ夜話」

なんでも便利になった現代社会において、忘れられつつある本当に大切なものが

ここにあります

ぜひ2作通して、ご一読いただけたらと思います:)

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