【香りは、永遠に記憶される。きみの命が終わるまで】透明な夜の香り / 千早茜【あらすじ・書評】

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1:読書記録

こんにちは、みくろです。

今回は、香りを題材とした千早茜先生の小説「透明な夜の香り」をご紹介いたします。

この記事はこんな方にオススメ
  • 香りで昔の記憶が蘇った経験がある人
  • リアルとファンタジーの狭間にいるような世界観を体験してみたい人
  • 五感の持つ無限の可能性を垣間見たい人

はじめに

「空気」
「空間」
「雰囲気」

僕には感覚的にしかわからないこれらの違いを、この作品は完全に掌握していた気がします。
なんというか…世界観の確立濃度が、文字が纏う空気が圧倒的すぎる。
初めての感覚にページをめくる手が止まりませんでした。

さぁ、感想を綴って参りましょう。

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あらすじ

元・書店員の一香は、古い洋館の家事手伝いのアルバイトを始める。そこでは調香師の小川朔が、幼馴染の探偵・新城とともに、客の望む「香り」を作っていた。どんな香りでも作り出せる朔のもとには、風変わりな依頼が次々と届けられる。一香は、人並み外れた嗅覚を持つ朔が、それゆえに深い孤独を抱えていることに気が付き──。香りにまつわる新たな知覚の扉が開く、ドラマティックな長編小説。

集英社より

心に響いた言葉

「花ってのはね、気づくと咲いてるんだ。誰より長く庭にいたってね、花が咲く瞬間はなかなか見れるもんじゃない。どんなに世話をしていたって、いつ咲くかはわからない。そういう、人の思惑通りにいかないもんなんだ。けど、朔さんが庭に出てくると、きまって庭のどこかで花が咲いているんだ。朔さんはね、間違えない。まっすぐに、咲いた花の場所へ行く。まるで、花に呼ばれたみたいにさ」

思いだすようにして語る老人の目にはなにかが宿っていた。憧れなのか、畏怖なのか、自分の手の及ばないものだと彼が思っているのは確かだった。

「おれもよく知らないんだけど、月の見えない夜のことを朔とか新月とか呼ぶんだっけか」

曖昧に頷く。

「そんな光のない暗闇でも、朔さんなら花が咲くのが見えるんだろう」
「見える」
「鼻で、な」

源さんは自分の日に焼けた鷲鼻を、軍手で指した。

「もしかしたら月も」

それから、話しすぎたことを恥じるように顔を皺だらけにして笑った。
世界の見え方が違うんだよ。
そんな声が聞こえた気がした。それは源さんの声ではなく、なぜか懐かしい人間の声で頭の中に響いた。

集英社「透明な夜の香り」より

「嘘は臭う」

集英社「透明な夜の香り」より

「本当に才能のある人は見えないものまで描けるんです。現実のものを描きながら、現実にはないものを見せることができる。それが人の心を動かす芸術だと思っています。先生のように」

「朔さんは絵も描くのかい?」

「いえ、でも先生の作る香りは人の心を動かすようなので……天才なのだろうな、と思うんです。ちょっと無責任で乱暴な言葉ですが」

「そうだなあ」と源さんは私の隣に腰かけた。麦藁帽子を取って、首に巻いた手拭いで頭をごしごしと拭いた。

「芸術なんちゃらはおれにはわからんが、朔さんは特別な人ではあるんだろうな。

集英社「透明な夜の香り」より

「自分の願いや希望が叶わないことを、自分の感覚がなにより雄弁に教えてくれるんだ。だから、僕は人よりずっと諦めが早いし、彼女もそうだと思う」

集英社「透明な夜の香り」より

「どうして人は欲望を隠そうとするんだろう。自分にまで嘘をついて」

マネージャーとさっきの男性、どちらのことを言っているのか。両方なのかもしれない。
「きっと」とつぶやいた。

「心の中には森があるんですよ。奥深くに隠すうちに自分も道に迷ってしまうんです」

朔さんは不思議そうな顔をした。この人の森は善も悪もなく明らかで、良い香りに満ちているのだろう。


「欲望を隠さずそのまま受け入れられたらいいけれど、理想みたいなものを追うから嘘になるのかもしれないですね」


「美意識とか?」


「はい」


「僕は別に美しく生きなくてもいいと思うけどね」

集英社「透明な夜の香り」より

ーーー香りは再起動のスイッチ

集英社「透明な夜の香り」より

「フェロモンがなんのためにあるか知ってる?」

「ええと」と、言いよどむ。「生殖のために・・・・・・」

うんうんと朔さんは頷き、「これはね」と椅子に腰かけた。

「気づいて欲しいっていう匂いなんだよ。小さな生物が特殊な匂いをだすのは危険なことだ。それでも、命をかけて、こっちに気づいて、ここにきて、と主張をするんだ」

集英社「透明な夜の香り」より

「匂いは残るんだよね、ずっと。記憶の中で、永遠に。みんな忘れていくけれど」

集英社「透明な夜の香り」より

感想

香りと記憶の関係

ある香りを嗅いだ瞬間、昔の記憶が蘇ることってありませんか?
僕の場合、ストーブの灯油の香りでおじいちゃんおばあちゃんを思い出します。
この理由が、本書でこう語られています。

「香りは脳の海馬に直接届いて、永遠に記憶されるから」

集英社「透明な夜の香り」より

やはり科学的な根拠があったのですね。
どこかで、「香りは記憶を閉じ込めることができる」という人体の不思議システムだと解釈していました。笑

ただ本当にすごいと思うのは、常に思い出せるような色味の強い記憶だけでなく、思い出そうとしたって思い出せないほど遠くの記憶すら呼び出してくれること
人間の脳…すごすぎます。

もしかしたら嗅覚だけではなく、“五感に働きかけたものは須く脳が記憶している”ということなのかもしれません。

永遠の概念

永遠とは、「いつまでも果てしなく続くこと。時間を超えて存在すること」と、日本の辞書では定義されています。

それに対し、本書の主人公である朔は、永遠をこのように表現しています。

「先生の言う永遠とは、命が続く限りという意味での永遠ですか?」

「そうだね、一香さんの認知している世界が終わるまで、だね。そういう意味では誰もが永遠を持っているんだけど、なかなか気がつかないんだ。そのひきだしとなる香りに再び出会うまでは」

集英社「透明な夜の香り」より

実に興味深いです。
命、という大きなファクターをどう捉えるか。

知っての通り、命は有限。辞書の通り理解すれば、永遠ではありません。
しかし、“もしも現世で身体を離れた後の命の行先が、概念として続くものだとしたら?”

もしそうであるならば、“命(=認知している世界)は永遠”と考えてもいいのかもしれません。

愛着と執着の違い

もし尋ねられたら即答できますか?
感覚ではなんとなく理解していても、言語化できるかと言われたら難しいのかもしれません。
そんな時、本書内で一つの正解を教えてくれました。

「執着と愛着の違い。あんた、わかった?俺さ、結局あいつにこう言ったの。相手が嫌がっても手離さないのが執着だって。愛着はちょっと穏やかすぎて俺にはうまく説明できねえけど、執着はもう自分しか見えなくなっちまっている状態だって。お前の鼻なら相手が嫌がっているかどうかわかるだろって」

集英社「透明な夜の香り」より

なるほど。
執着は、自分本位で手放さない物。

だとしたら、愛着はなんでしょう。
んー…”相手本位で自分が手放したくない物”といったところでしょうか。

簡単にまとめると、どちらも手放したくない気持ちは同じだけれど、

【執着】
・自分の気持ちが第一
・手放すことができない

【愛着】
・相手の気持ちが第一
・辛いが手放すこともできる

といったところでしょうか。

それが執着なのか愛着なのか確認したい時は、「対象物を失った瞬間をリアルに想像すること」が一つの方法かもしれません。

僕にもきっとあるだろうなぁ。

まとめ

いかがでしたか?

「香りというありふれたもの」を扱う「調香師という稀少な職業」。

この不思議な相関関係が織りなす物語は、とても濃密で希薄で。
まるでこの物語を一枚の薄いベールが包み込んで、現実から守っているような。

小説から香りを感じる日が来るなんて思ってもみませんでした。
それも、「嗅覚」という意味ではなく、「五感とは違う新しい感覚」で

ぜひ本書を手に取って、僕の感じた感覚が正しいかどうか、その目でご確認ください。
ただ一言言えるのは、「度肝抜かれること間違いなし」です。

ご一読いただきありがとうございました^^

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